大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)2750号 判決

控訴人 被告人 田中宥正 外八名

弁護人 平野利 外四名

検察官 吉岡述直

主文

原判決を破棄する。

被告人田中宥正を懲役八月に、被告人石井友次郎を懲役三月に、被告人鈴木紋蔵を懲役三月に、被告人石井金太郎を罰金一万円に、被告人高橋善太郎を罰金二万円に、被告人清水清次郎を罰金三万円に、被告人中務繁を懲役三月に、被告人滝口進を懲役三月に、被告人大貫健を罰金二万円にそれぞれ処する。

被告人田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同中務繁、同滝口進に対しそれぞれ本裁判確定の日から三年間右各懲役刑の執行を猶予する。

被告人石井金太郎、同高橋善太郎、同清水清次郎、同大貫健において右各罰金を完納することができないときは金五百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人全部に対し公職選挙法第二百五十二条第一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

押収に係る千円札四枚(当庁昭和二十八年押第八四七号の一)は、これを被告人清水清次郎より没収する。被告人田中宥正より金四万七千円を、同石井友次郎より金四千九百円を、同鈴木紋蔵より金二千円を、同石井金太郎より金二千円を、被告人清水清次郎より金四百円を、同中務繁より金四万円を、同滝口進より金四万円を、同大貫健より金五千円をそれぞれ追徴する。

訴訟費用中いずれも原審において証人石井栄太郎、同梨本政雄(二回分)、同石井真平に支給した分は、被告人田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同高橋善太郎の平等負担とし、証人田島貞治、同小川喜市に支給した分は、被告人田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同高橋善太郎、同清水清次郎の平等負担とし、証人金子清、同金子とくに支給した分は被告人鈴木紋蔵の負担とし、証人高浦芳雄に支給した分は、被告人田中宥正の負担とし、証人土橋一夫に支給した分は、被告人田中宥正、同滝口進の平等負担とする。

なお、本件公訴事実中被告人高橋善太郎が昭和二十七年十月十日施行された衆議院議員総選挙に際し千葉県第一区より立候補した伊能繁次郎に当選を得させる目的をもつて、同年六月下旬頃船橋市山野町六百五番地被告人鈴木紋蔵方で同候補者のため投票取纒の選挙運動を依頼し、その報酬の趣旨で鈴木もんの手を経て被告人田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同石井金太郎に対して金四万六千円を供与した事実及び被告人田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同石井金太郎は、共謀の上、前記日時場所で被告人高橋善太郎から前同趣旨の下に供与されることの情を知りながら、金四万六千円の供与を受けた事実(昭和二十七年十一月十九日附起訴状第一及び第二記載事実)について被告人高橋善太郎、同田中宥正、同石井友次郎、同鈴木紋蔵、同石井金太郎は、いずれも無罪。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人石井友次郎、同鈴木紋蔵、同石井金太郎、同高橋善太郎の弁護人大橋武夫、同長野潔共同作成名義の控訴趣意書、被告人田中宥正、同中務繁、滝口進の弁護人安藤国次作成名義の控訴趣意書、被告人田中宥正、同清水清次郎、同中務繁、同滝口進、同大貫健の弁護人平野利作名義の控訴趣意書、被告人田中宥正、同中務繁、同滝口進、同大貫健、同清水清次郎の弁護人細谷啓次郎作成名義の控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるので、ここにこれらを引用し、以下順次これらにつき判断する。

弁護人細谷啓次郎の論旨第一点並びに弁護人大橋武夫及び長野潔の論旨第一点

記録によれば、被告人等に対する起訴事実は、共同正犯又は直接相互に関聯し或は表裏の関係にあること、原審各公判期日において屡々弁論の分離併合を行いその間相被告人を他の被告人との関係において証人として取り調べその供述を得た後検察官の請求によりその者の公判廷の供述と相反するか又は実質的に異つている検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号による証拠能力ある書面として受理しその取調を了し、これを原判決において犯罪事実認定の証拠に採用していることは洵に所論のとおりである。而して多数の関係被告人のある事件において如何なる場合に弁論の分離又は併合をするかは全く裁判所の健全且つ合理的な自由裁量にまかされているのであるから、裁判所は、当該関係事件の性質態様、他の事件との関連性、被告人の性格、環境、当該関係事件審理の進行状況、証拠調の段階、裁判所側の人的並びに物的設備の状況、併合又は分離することにより被告人に与える影響その他諸般の事情を参酌して公平且つ迅速な裁判の実現を企図してこれを決定すべきものであつて、この点につき刑事訴訟法第三百十三条第一項の分離併合は被告人の不利益を生じない場合でなければならないとの所論は以上の見解に反し単に被告人側の利益のみを強調する独自の見解であつてこれを採用するに由のないものである。次に現行刑事訴訟法においては原則として何人でも証人適格を有するものであること同法第百四十三条以下の規定に徴し明白であるから偶々共同被告人であつても当該事件において被告人たる地位を離れた場合すなわち弁論の分離があつた場合は、その者を証人として尋問することは何ら差支のないものであつて、この場合においてその者は同法第百四十六条により証言拒絶権を有するから、その者が自己に有罪判決を受ける虞ありと思料したならばその証言を拒否することも当然の権利であつてその者の自己の防禦権は少しも犯されるところはないものといわなければならない。従つて宣誓の上供述を求められるからといつて所論のように直ちに自己に不利益な供述を強要される結果となり被告人としての防禦権を侵害されるものとは到底考えられない故に憲法第三十八条第一項違背の問題を生ずる余地はないものといわねばならない。むしろ共同被告人たる者を証人として尋問する側の被告人にとつては、終始共同被告人として行動する場合に比較し、これによつてその有する証人に対する反対審問権の行使も容易となり、その相互の供述の信用性を高めることともなり相互にこれが行使されるにおいては、場合によりその利益となる場合も生ずるのであつて、この点において憲法第三十七条第二項の規定する刑事被告人の有する証人に対する反対審問権に支障を生ずる結果となることもない。又弁論の分離併合を屡々繰り返すことは、所論にいわゆる立てば証人座れば被告人の観があり、必要以上にこれを行うことを避けねばならないことは勿論であるが、現行刑事訴訟法は、一面において被告人が単一である場合を原則として規定し、多数の被告人の存する場合については余りその措置について考慮していない憾みがあると共に、他面証拠法に関しては、旧刑事訴訟法に比較し格段の厳重な制限規定を設け証拠能力あるものを限定している関係上、一被告人の関係において共同被告人の公判廷又は公判準備期日以外の供述調書を証拠として援用しようとするためには、その前提としてその共同被告人の証言を得てその内容を対比検討しなければならないこととなつている必然の結果として止むを得ない事柄であつてこの措置自体を非難することは当らないものといわなければならない。然り而して最高裁判所の判例として共犯たる共同被告人の検察官に対する供述調書は、被告人の関係においては刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号の書面として証拠能力を有し(最高裁判所昭和二十八年七月七日第三小法廷判決判例集第七巻第七号千四百四十一頁参照)、又共犯たる共同被告人が弁論分離後公判廷において証人としてした供述が完全なる証拠能力を有する(同裁判所同年二月十九日第一小法廷判決、判例集同巻第二号二百八十頁参照)ことを是認しておるのであつて、この判例の趣旨から考えても原審が弁論を分離した後相被告人を証人として証拠調をした措置、その証言を得た後その証人たる相被告人の検察官に対する供述調書の証拠調をした措置は何ら違法でないといわなければならない。又所論の各供述調書は、記録を精査検討するときは、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の各要件を具備しているものと認められ、これを犯罪事実認定の証拠に供した原判決は、採証法則に違背するものではないといわねばならない。これを要するに原審の審理手続並びに原判決に憲法第三十七条第二項前段第三十八条第一項刑事訴訟法第三百四条第二項第三百十三条第一項第二項刑事訴訟規則第二百十条の規定違背その他訴訟手続に関する法令違背の違法ある廉を認め得ないから、論旨は、いずれも理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

大橋、長野両弁護人の控訴趣意

第一点原判決には検察官が違法に提出した証拠を断罪の資料とした違法がある。

(一)本件被告人等九名は、昭和二十七年十一月十九日付鳥飼副検事の起訴状により、共同被告人として起訴され、これに対し被告人田中宥正及び石井友次郎等の別件が併合されたものであつて、この併合は同被告人等の利益のための当然の措置である。そして、本件被告人等は、同時に被告人田中宥正を中心とする供与及び収受の必要的共犯関係にあるから、合一に審理されることが法律上も当然の事柄であり、被告人等の利益にも適合する。この間に刑事訴訟法第三一三条の規定に従つて小細工を施し、併合分離の繰り返しをするのは、これを要求する検察官は検察の本義を忘れたもので、これを許容した裁判所も亦その態度を批判されなければならない。成程「裁判所は適当と認めるときは、検察官、被告人若しくは弁護人の請求により又は職権で決定を以て弁論を分離し若しくは併合」することができるが、これは検察官の請求又は裁判官の職権に恣意をゆるした趣旨ではない。被告人の利益に適合する場合には、弁論を分離すべきことは同条第二項の規定により明瞭であるが、その他の場合においても少くとも被告人の不利益を生じない場合でなければ、分離又は併合をゆるすべきものではない。被告人の不利益を生じないことが、分離又は併合の最少限度の制約である。この制約の内においてのみ裁判所は「適当と認める」か否かの自由裁量権をもつものであつて、分離又は併合が明白に被告人の不利益に帰する場合には、訴訟関係人の異議の有無に拘らず、裁判所はこれを適当と認める余地のないものであり、被告人に明らかに不利益である場合にあえて検察官の請求を容れるが如きは勿論偏頗であつて、公平をモットーとする裁判官の態度ではない。

(二)原審は、本件につき前後十三回に亘り公判を開いて、第十四回公判において判決の言渡をしたのであるが、その公判は分離又は併合の連続であり、この分離又は併合は、すべて被告人を証人として尋問するための小細工であり、被告人等は証人として尋問を受ける間だけ事件から分離されているというに過ぎないのであるから、検察官と裁判所とは分離又は併合の規定を弄んだもので、真実の意味の分離又は併合はない。手続上の形式を履むだけでは、事件の分離又は併合は存在しないのであるからその分離に拘わらず被告人等は常に共同被告人の立場に在るものといわなければならない。

(三)原審第二回公判調書(一三三丁以下)によれば検察官は、続行申請の理由として、次回に被告人石井友次郎及び鈴木紋蔵を証人として、被告人高橋善太郎、田中宥正との関係において尋問を求める、なお、各被告人を関係被告人相互の関係の証人として尋問を請求する旨を明らかにした上第三回公判調書によれば、石井(友)及び鈴木被告人をそれぞれ証人として申請し、裁判所はこれを許容して取調べている。勿論形式的に分離又は併合の手続は経由しているが、ただ被告人を証人として取り調べる間だけの分離であつて、明らかに手続規定を濫用したものである。かくして、被告人高橋善太郎、石井金太郎、田中宥正その他の被告人を第四回以後の公判において同様の形式で分離又は併合して証人として取調べている。これに対し調書上は弁護人は或は同意し、或は細谷弁護人から異議申立をしているが、裁判所はすべて却下したのである。第三回公判における同弁護人の異議の理由、第十三回公判の同弁護人の弁論に明らかなように、かかる検察官の請求は一面において被告人に対し偽証罪の威嚇の下に証言を求め、他面被告人以外の者の供述として前の供述と異なつたことを理由に刑訴法第三二一条第一項第二号の規定により、当該事件の被告人の供述を録取した調書を証拠とせんとする企図であつて、これは同法第三二二条の規定による任意性を争う被告人及び弁護人の弁護権を権利の濫用によつて不当に制限するものに外ならない。

かような分離の請求を違法にあらずとする法務省刑事局長の回答があるやに聞き及ぶが、これは明らかに憲法第三七条を蹂躙し、凡そ検察の本義にもとるものではなかろうか。

(四)この違法は証拠調の後、検察官は、証人として調べた各被告人の検察官に対する供述調書を刑訴法第三二一条第一項第二号の規定により提出し、裁判所はその証拠調をした。これは違法な手続による証拠調で、その供述調書を断罪の資料とすることはゆるされないと信ずる。原審が本件被告人等の第一、第二の(一)第三、第五、第六、第七、第八の事実の証拠として掲げた各被告人及び相被告人田中宥正の供述調書はすべてこれを証拠とすべきものではないに拘わらず、これによつて事実を認定したことは、採証の法則を無視したもので、この違法は判決に影響を及ぼすこと明白であるから、原判決はこの点において破棄さるべきものと思料する。勿論公職選挙法違反のような物的証拠に乏しい事件において、現在の刑訴法における証拠方法が検察官を制約することのあるのは、これを認めるのにやぶさかでない。しかし、憲法も刑訴法もこの困難をあえて検察官に要求しているのであるから、一事件を検察官の有利に展開するために憲法及び刑訴法の理想を捨て去るべき筋合はなく、また立法の不備を一件の被告人の犠牲において補充しようとするが如き姑息手段は裁判所という公正の府に通用さすべき事柄ではない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

細谷弁護人の控訴趣意

第一点原判決は憲法第三十七条第二項前段第三十八条第一項刑事訴訟法第三百四条第二項同第三百十三条第二項、刑事訴訟規則第二百十条の規定の趣旨に違反して為されかつ該違法は所謂判決に影響を及ぼすべき事由あることが明白であると思料する。

(一)本件昭和二十七年十一月十九日付起訴状記載の公訴事実によれば被告人田中宥正の第二、第三、第五の事実は各相被告人石井友次郎又は被告人鈴木紋蔵等と共謀関係にあり又右第二と相被告人高橋善太郎に対する第一、被告人田中宥正に対する第四(1) の(イ)(ロ)は被告人中務繁同滝口進に対する第十と又同第四の(2) の(イ)(ロ)は相被告人石井友次郎に対する第六の(1) 及び被告人清水清次郎に対する第九の(1) となお同第四の(3) は被告人大貫健に対する第十一と又同第四の(4) と被告人石井友次郎に対する第六の(2) の事実とは夫々相互に直接関聯する対立犯的事実でかつ該事実について交互に証人として宣誓の上証言せしめられることは法律上与えられた被告人の防禦権の行使に重大な利害と支障を来すべきことがあるのは審判の当初から前記起訴状記載の公訴事実自体に因つて明白である。

(二)元来現に供述を為すべき事件の被告人と共犯(広義)の関係ありとして起訴され未だ確定判決を経ないものについては立法沿革上将た又本質上現行の明治四十五年四月二十四日法律第四十五号をもつて施行された刑法第百六十九条所定の証人トシテ法律ニヨリ宣誓シタル者との故を以ては所謂偽証罪の客体とはならなかつたものである。即ち所謂罪刑法定主義を恪遵し当時その国家科刑権の存否範囲を確定すべき手続法規として施行されていた明治二十三年法律第九十八号刑事訴訟法第百二十三条によれば、左ニ記載シタル者ハ証人ト為ルコトヲ許サス、但シ宣誓ヲ為サシメスシテ事実参考ノ為メ其供述ヲ聴クコトヲ得とあり更に同法第百二十四条には、左ニ記載シタル者亦前条ニ同シと為しその同条第五号に、重罪事件又ハ重禁錮ノ刑ニ該ル可キ軽罪事件ニ付キ公判ニ付セラレタル者と定められ次で大正十一年五月五日法律第七十五号刑事訴訟法(旧)第二百一条第一項には、証人左ノ各号ノ一ニ該当スルトキニハ宣誓ヲ為サシメスシテ之ヲ訊問スヘシと定めその第三号に、現ニ供述ヲ為スヘキ事件ト共犯ノ関係アル者又ハ其ノ嫌疑アル者と為し而もこれ等の者は同法第百八十八条所定の証言拒絶権を行使しない場合に於てもなおかつ宣誓をさせないで訊問すべき旨を定めたところによつて斯る者は本質上当事者である性格を有するもので純然たる第三者ではないとの事由に基因するものであるから斯る者は前叙の立法沿革上は勿論本質的にも刑法第百六十九条所定の偽証罪の客体とはならなかつたものである況や前記第二百一条の第三項に第一項ニ掲クル者宣誓ヲ為シタルトキト雖其供述ハ証言タルノ効力ヲ妨ケラルルコトナシと規定したが右該当者が偽証罪の嫌疑をもつて逮捕監禁され若しくはその危惧の念を抱かしめられた事例は一として存在せず而も被告人に対し刑事訴訟手続上当事者たる地位よりも寧ち証拠方法の客体として処遇していたときにおいてすら斯くの如くであつたのである。

(三)而して前掲立法沿革乃至本質的な事由によつて施行されかつ所謂罪刑法定主義を恪遵する現行刑法下においてその法源を異にする現行刑事訴訟法第百五十四条第百五十五条第一項において宣誓の趣旨を理解することができない者以外は宣誓の義務がありかつ前叙の該当被告人が証人として宣誓したからといつてすみやかに右刑法第百六十九条所定の偽証罪の嫌疑を以てこれに臨み特にこれを脅かすがごときは固より不当たるや言を俟たないところである尤も現行刑事訴訟法第百四十六条によれば何人も有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる」旨を規定しているが該規定は前記旧刑事訴訟法第百八十八条第二項所定の現ニ供述ヲ為スヘキ事件ノ被告人ト共犯ノ関係アルトシテ起訴セラレ未タ確定判決ヲ経サルトキに証言拒絶権を認めた趣旨と著しくその趣を異にし前記の如く有罪判決を受ける虞ある証言と規定し更に刑事訴訟規則第百二十二条第一項によつて右有罪の判決を受ける虞のある者は証言拒絶の事由を明示しなければならない旨を定めているのであるから本件被告人等のように起訴状記載の公訴事実に照らし審判の当初から明白である共同正犯又は直接相互に関聯する対立犯的事実に関し該規定に準拠して斯る拒絶権を行使せんかそれ自体に因つて直ちに裁判官の有罪の心証形成に重大な影響を及すべきや必然であると謂わざるを得ない従つて本件被告人等が自己の右共同正犯又は対立犯的事実に関し交互になす証人としての証言を拒絶することなくまた従来の行き掛りに拘泥することなく真に制圧されない自由な証言を為さんかもし該証言が真実であつても次項掲記のように検察官の逮捕監禁に脅かされまた証言拒絶権を行使せんか当該裁判官の有罪の心証形成に重大なる影響を及ぼすことのあるべき危惧の念を抱かしめるものである。

(四)然りしこうして従来検察官、就中千葉検察庁管下においては前叙のような該当者について立法沿革並びに本質的な事由を閑却し前掲現行刑事訴訟法第百五十四条においてあまねく宣誓の義務を認めた規定若しくは同法第四十六条所定の証言拒絶権を行使しない故をもつて検察官に対する供述と相反する証言をした場合偽証罪の嫌疑ありとして甚だしきは法廷からら致して尋問し若しくは監禁し又は刑法第百七十条の規定を仮用しもつて直接又は間接に自己に不利益な供述を強制した事例は必ずしも少しとせざるところであり而してこの事は千葉県下においては公知の事実に属するところであるから本件審判に当つた原審裁判官においても予知し得べき蓋然性を有する状況下において審判するものと謂わざるを得ない、しかるに原審においては冐頭掲記のように本件被告人等に対する公訴事実は共同正犯若しくは直接相互に関聯する対立犯的事実であることは審判の当初から起訴状自体によつて明白であり而も終始これ等被告人等を共同被告人として審判しながら専ら同人等に対する検察官の供述調書を顕出せしむる目的をもつて敢て検察官の要求を許容し交互に証人として尋問する時だけ分離決定し宣誓せしめて証言を求めかつ当該証人の被告人としての弁護人の発言を禁止して審判し而もその方式は事実上恰も立てば証人腰掛ければ被告人という状況においてなされたものである、よつて原審弁護人はその分離決定の当初即ち原審昭和二十七年十二月二十六日の第二回公判において斯くの如き方式は仮令その証言を為すときだけ一時分離決定したとは言え違法である旨口頭をもつて要旨を縷述し異議を申立てなお詳細は後日書面を提出する旨陳述した上昭和二十八年二月二十三日附異議申立書を提出したのであるがこの点について右第二回公判調書(記録一三三丁裏以下)に「その他の訴訟関係人は右検察官の申請に異議のない旨」陳述しこれを容認した如き記載があるがこの記載は明らかに事実に反し前叙のような経過をたどつたものである。

(五)斯くの如く同一裁判官により同一の日時場所において共同正犯関係若しくは同一事実ともいうべき対立犯的な而も自己の被告事件の有罪か否かを決定さるべき事実に関し殊に前叙のような状況下においてこれを予知し得べき蓋然性を有しながら一時証人としての地位に置き加うるに不利益な証拠を顕出せしむる為の方便と為す審判手続は事実上憲法第三十七条第二項前段において保障する刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を剥奪するばかりでなく前叙のような事実上の状況下において偽証罪の威喝をもつて尋問することは同法第十八条第一項の規定の趣旨に反し加うるに刑事訴訟法第三百四条所定の弁護人の尋問の機会を奪い将た又同法第三百十二条第二項刑事訴訟規則第二百十条所定の反面解釈上からも被告人の権利を保護するに非ずして敢てその不利益を招来せしむる目的を以て為されたものであり況や上叙の立法沿革並びに本質上は固より現行刑事訴訟法が従前の訴訟法に比し著しくかつ高度に被告人をしてその当事者たる地位を確保せしめんとする趣旨に反するものであるから原審の前叙の審判手続は違法であり而して原判決挙示の証拠は専らこの違法な手続によつて集取顕出せしめた被告人等に対する検察官の供述調書を主要な断罪の資料としたものであるから所謂判決に影響を及ぼすべき冐頭掲記のような違法があるものとして当然破棄せらるべきものと思料するものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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